
名 前 弘前市仲町伝統的建造物群保存地区 旧岩田家住宅
(ひろさきしなかちょうでんとうてきけんぞうぶつぐんほぞんちく きゅういわたけじゅうたく)
所在地 弘前市大字若党町
建築年代 寛政:かんせい10年(1798)〜文化:ぶんか5年(1808)
@弘前市仲町伝統的建造物群保存地区について
弘前のように城下町(じょうかまち)や宿場(しゅくば)町、農村や漁村の集落などの中に、日本の歴史的な町並みや環境がよくのこっていて、そこに住む人たちがその町並みや環境を守るためにがんばっているところです。
弘前では弘前公園の北側にあります。弘前城がつくられると、同時に城のまわりにも町がつくられましたが、城の正面を守るため、正面玄関の追手門(おうてもん)のすぐ近くには藩の役目のある武士を住ませました。その町の一部が仲町(なかちょう)地区です。
仲町は、若党(わかどう。身分の高い武士の付き人。)と小人(こびと。藩の雑用をする人。)、馬喰(ばくろう。馬の鑑定や治療をする人。)の職業に関係のある町名が入っていますが、時代によって町の名前や広さが変わったり、実際には身分の高い武士が住んだこともありました。
A旧岩田家住宅について
近年、市内の武家住宅の多くが姿を消し、大幅な改造が加えられて昔のありさまをとどめなくなっているなかで、江戸時代後期の武士の生活を知る貴重な建築物の一つです。数度、改造されましたが、ほぼ建築当初のままです。
建物は、岩田氏から門、土地と共に弘前市に寄贈されました。弘前城下の中級武士の住宅で、各部屋の間取りが武家住宅の特徴(とくちょう)の一つとなっています。建築後190年たっていますが、主要部分は当初のままです。畳敷は5部屋、ほかに玄関、台所、つきにわ、三方に縁がわがあります。岩田家は200石から500石の中流武士でしたが、質素な生活ぶりがうかがわれます。10代目の平吉は函館戦争の津軽部隊参謀を勤めました。当時の生活を知る貴重な遺構です。