おもしろい日本の歴史(1)
     〜古代編A〜

掲載日:平成16年 7月11日

 
6年生は社会科で江戸時代のことを勉強している頃かな?歴史の学習がおもしろくて楽しく学んでいることと思います。前回は大昔の人々の虫歯、平均寿命や人口について勉強しました。
 今回は、「縄文人の身長」についてと「縄文人の食」について、ペンを執ってみたいと思います。


縄文時代の身長は?

古墳時代は高かった身長
 関東各地で出土した大腿骨(だいたいこつ)から推計した各時代の
平均身長は次の通りです。(単位:cm)
縄文時代
古墳時代
鎌倉時代
室町時代
159.1
163.0
159.0
156.8
148.0
151.5
144.9
146.6
江戸時代
   前期
   後期
明治時代

155.0
156.4
155.3

143.0
144.7
144.7

 縄文時代の男性の平均身長は、159.1センチで、女性は148.0センチだったそうです。
 これが、弥生時代の後期、つまり、邪馬台国(女王卑弥呼は239年中国の魏に使いを送った)からその後の古墳時代(仁徳天皇陵など、大きな古墳の作られた時代。4〜7世紀ごろ)になると、男性163.0センチ、女性151.1センチにのびています。しかも骨格の発育がとてもよくなっています。
 縄文時代から明治時代までの日本人の平均身長を調べてみると、最も背が高いのは、実は邪馬台国の時代なのです。明治時代は、男性155.3センチ、女性144.7センチしかありません。古代人の体格の方が、文化の進んだ江戸時代や明治時代の人達よりも、はるかに立派だったようですね。邪馬台国の時代、世の中が安定し、食料も豊富で、バランスのとれた食生活をしていた何よりの証拠といえるでしょう。


貝塚って何なの?

 北は北海道から南は沖縄まで、日本列島には約2500ヵ所以上の貝塚があります。貝塚は、縄文人が残してくれたタイム・カプセルなのです。
 貝塚は、縄文人が何代にもわたって、貝がらや魚の骨、動物の骨などを捨て続けているうちにできあがった「ごみ捨て場」で、その量はおびただしいものがあります。 貝塚に捨てられている貝や骨の種類を調べることによって、縄文人の食生活の様子を探ることができます。


何を食べてたの?

 海からとれる魚類100種類以上、貝類で300種以上が、食料の対象になっていました。イワシやカツオだけでなく、クジラやイルカなども食べていたのです。三内丸山遺跡からは、カニのはさみやウニのからが出土していますので、カニやウニも食べていたことがわかります。
 また、海岸の近くの貝塚からは、サザエやアワビなどのからが出土します。ハマグリなども、一番おいしくなる春から夏にかけて食べていました。つまり、縄文人は旬の味を楽しんでいたのですね。東京湾近くに住んでいた縄文人は、フグも食べていたようです。毒をさける料理法を知っていたのでしょうね。いずれにしても、縄文人にとって、海や山は、食糧を供給してくれる「大きな畑」みたいなものだったのですね。
                             
    ※参考=『日本の歴史が十倍おもしろくなる』(旺文社)



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