新撰組がやってきた
〜新政府軍との戦いに敗れて〜

掲載日:平成16年 9月19日

 NHK大河ドラマ「新選組!」を見ていますか。隊士一人一人がなんとも魅力的で、毎週楽しみに見ています。その新撰組が、青森県にやってきたって知っていますか。


元津軽藩士、会津に散る

 明治元(一八六七)年、新撰組は、会津藩などとともに旧幕府軍として、薩摩(さつま)や長州などの新政府軍と戦いました。しかし、次々と敗北し、ついに会津までやってきたのです。
 下の二つの絵を、ごらんください。二人とも新選組の隊士、それも元津軽藩士です。右は菊地央(きくち・てる)と言い、会津戦争において活やくしましたが、戦死してしまいました。左は千田兵衛(せんだ・ひょうえ)と言い、菊地同様会津戦争で戦死しています。

《新選組の足跡》 《新選組隊士 中島登が描いた『戦友姿絵』》


会津藩とともに

 会津での敗北も明らかになった新選組は、仙台行きを決めましたが、会津を見捨てることはできないと会津に残って戦った隊士がいます。ドラマでもおなじみの斉藤一(さいとう・はじめ)です。敗戦後会津藩は会津の地を追われ、かわりに下北地方と、三戸郡・二戸郡のそれぞれ一部を与えられ、斗南(となみ)藩として再出発することになりました。斉藤もまた行動を共にし、五戸町へ住みました。


青森へやって来た 

さて旧幕府軍はというと、ついに函館までやってきました。しかし明治二(一八六九)年、函館戦争で土方歳三(ひじかた・としぞう)が戦死すると、他の隊士と共に新政府軍に投降しました。まさにこれが、新選組の最後でした。 
 その後ほりょとなった新選組のメンバーは、弘前藩に預けられ、青森へやってきました。最初は青森市の明誓(めいせい)寺に収容されていましたが、弘前市の薬王院(やくおういん)に移され、さらに青森の蓮華(れんげ)寺に収容されるなど、振り回された生活を送っていました


函館戦争を戦いぬいた巨漢


 その中には、新選組一の巨漢で怪力の持ち主島田魁(しまだ・かい)もいました。身長182cm、体重150kgだったそうです。ドラマでもおなじみですね。島田は、池田屋事件に参加し、函館戦争を戦いぬき、生き残ったただ一人の隊士です。
 これで、新選組がより身近に感じられたはずです。今後の展開をお楽しみに!