長勝寺

長勝寺三門
境内から見た三門
銅鐘「嘉元の鐘」 庫裏(くり) 禅林街 黒門

名 前  長勝寺(ちょうしょうじ)
所在地 弘前市大字西茂森1丁目
建立年 享禄:きょうろく元年(1528)。慶長:けいちょう15年(1610)に現在地に移築。


 津軽藩の菩提寺(ぼだいじ)である長勝寺は、禅林街(ぜんりんがい)三十三ヶ寺の中でもっとも格式の高い曹洞宗(そうとうしゅう)のお寺です。
 享禄元年(1528)、津軽氏の祖である大浦光信(おおうら みつのぶ)の菩提(ぼだい)をとむらうため、種里(たねさと:鯵ヶ沢町)に創建されたのがはじまりで、大浦城(おおうら:岩木町)、堀越城(ほりこし:弘前市)、そして弘前城へと大浦氏(後の津軽氏)の居城(きょじょう)とともに移転しました。
 
 慶長15年(1610)に、弘前城の築城とともに、現在地に移した二代藩主 津軽信枚(のぶひら)は、領内を宗教的にも統一しようと、津軽一円から主要な曹洞宗の寺院三十三ヶ寺を集めました。とくに、元和:げんな元年(1615)茂森山がお城より高いということから切りくずし、寺院町の入り口に濠(ほり)をつくらせ、土塁を築き、枡形をもうけて、弘前城の南方の外郭として寺院町を要塞にしました。これが出城構えのひとつである長勝寺構(ちょうしょうじがまえ)です。
 
 寛永:かんえい6年(1629)には、藩祖 津軽為信(ためのぶ)の御影堂(みえいどう)とともに、壮大な三門(さんもん。「三解脱門(さんげだつもん)」の略。)を建立して、文化、政治、軍事的に大きな役目をになわせることになります。城下町弘前の歴史と、津軽藩の宗教政策(しゅうきょうせいさく)を知るうえで重要な地域となっています。