| 開拓者たち 1月にテレビで「開拓者たち」という実話に基づき、実際の入植者のインタービューなども織りこんだドラマが放送された。昭和11年に満州の開拓団として千振(ちぶり)開拓地に入植した人たちの物語である。この昭和11年という年は、奇しくも弥生の入植が始まった年でもあり、これは偶然の一致ではない。昭和初期の世界恐慌は日本にも波及し、それに続く異常天候による不作は多くの日本人を貧困のどん底にたたき落とした。当時は多くの日本人は農民であり、それぞれの田畑には限りがあったので、未開の地を開墾し農地にすることで生産性を上げようとしたのである。昭和11年は国策として国の内外の開墾に取り組んだ年であった。 ドラマでは、宮城県生まれの主人公がいわゆる大陸の花嫁として旧満州に渡る。苦労しながらも満州を開拓したが、数年の後に肥沃な農地は豊かな恵みをもたらし、さまざまな農作物が収穫でき、豊かな暮らしが出来るようになった。つかの間の幸福を得るも、日中戦争の勃発により、夫たちは徴用される。そして、突然のソ連軍の侵攻と敗戦。開拓地を捨て命がけの逃避行あるいは集団自決。やっとの思いで、日本に帰り着くも、そこにも彼らの居場所はない。彼らは那須岳の麓に千振という名前をつけ、再び原野の開墾に挑んだのだった。 これは昭和21年のことである。我が弥生地区でも第2回目の入植が行われたのは昭和21年のことで、おそらく同様の事情を持った人もいたのではないかと思われる。弥生小学校の学区には「平和」と命名された昭和21年に入植した集落がある。その言葉は弥生小学校の校歌の中にも織り込まれてもいる。こういう思いをしてきた人たちにとって「平和」と言う言葉の持つ意味、ありがたさは軽々しいものではなかったに違いない。 そして、この番組はそうした風化しそうになっている歴史的事実を再認識させてくれると同時に、凄まじい逆境からでも立ち直っていく人間の強さを訴えてもいる。昨年の未曾有の大災害は現在も多くの日本人に痛手を与え続けている。痛みに耐えながら前へ進もうとしている人たちへ心からのエールを送っているのではないかと思った。 (PTA広報やよい03月16日号より) |
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| 12年01月31日 | 生きていることのすばらしさ あけましておめでとうございます。新しい年が明けて、まもなく一月たとうとしています。この挨拶も少々間が抜けて聞こえます。さて、この”新年あけましておめでとうございます”は、なぜいうのだろうかというお話です。一説には”昔は、貧困、戦争、犯罪、飢饉、疫病、災害などに無力で、誰もが不安定な生活を送り、明日の命すら保証できないほどでしたから、新しい年が明けるまで無事に生きながらえた人はおめでたかったのです”とありました。考えてみますと、日本は現在世界有数の長寿国ですが、過去の平均寿命を調べると、戦後まもなくの1950年で61歳、江戸時代後期の1820年で34歳だったようです。こうした数字の背景には乳児や幼児の死亡率が高かったことや戦没者が多数いたこともあるのでしょうが、現在とは比較になりません。(2011年に発表された日本人の2010年の平均寿命は女性が86.39歳、男性が79.64歳だそうです。)死が非常に身近にあった昔としては、”新しい年が明けるまで無事に生きながらえることができた”という喜びは、まさしく日常の中で実感していたことだったと思われます。そのような中から、この新年のあいさつが生まれ、一般化したのも自然な気がします。私も、多くの方がお亡くなりになった昨年の東日本大震災を思うと、また、最近亡くなった肉親、知人を思うと、何気なく使っていたこの新年の挨拶の意義を深く感じざるを得ません。 自分が生きていることの喜びとすばらしさを今一度確かめ、毎日毎日を感謝して過ごしたいものだと思います。 (学校便り01月27日号より) |
| 11年12月27日 | 野口英世の言葉 昨年の学校便りで5000円札の「顔」樋口一葉を紹介しました。今回は千円札の「顔」である野口英世の言葉を紹介します。 【野口英世(1876〜1928)の略歴】 明治・大正時代の医学者・細菌学者。幼名は清作。福島県の生まれ。幼いときに左手に大火傷を負ったが、手術で治ったことに感激し医者を志し、苦学の末、1897年、独学で医師試験に合格した。 1900年アメリカに渡り、ヘビの毒を研究して認められ、その後、狂犬病、小児マヒなどに関する研究を行なう。1911年梅毒病原体スピロヘータの純粋培養に成功した。1918年より黄熱病の研究に没頭し、南米のエクアドルでその病原体を発見した。さらに研究を続けるためにアフリカに行き、病原体を求めている途中で自らも黄熱病にかかり、アフリカのアクラで没した。 【英世の言葉】 「努力だ。勉強だ。それが天才だ。 だれよりも、三倍、四倍、五倍、勉強する者、 それが天才だ。」 清作が尋常小学校に通っていたころ、時の訓導(教諭)小林榮先生は清作の英才を認め、高等小学校への学費を与えました。清作は勉学を積み、やがて北里柴三郎に採用され、細菌学の道に入りました。その後の業績は略歴のとおりです。 野口英世の業績はいうまでもなく努力の結晶に他なりません。大リーグで偉業を成し遂げたイチロー選手の言葉『小さいことを重ねることが、とんでもないところに行くただひとつの道』 も思い出されます。「天才は努力なり」の格言と共に、野口英世の言葉は努力を重ねて成功した人の言葉なればこそ迫力があります。 野口英世についてはお父さんお母さんたちの方がよく知っているのではないかと思います。冬休みには子ども達にもぜひ伝記を読んでみて欲しいと思います。 (学校便り12月20日号より) |
| 11年12月06日 | 突撃!弘前城 今年はわたしたちの弘前城が築かれて四百年目の節目の年に当たり、それに関係する数々のイベントが昨年より行われています。 この弘前城やその城下町の特徴をわかりやすく解説してくれているのが「突撃!弘前城 −もし、弘前城に敵が攻めてきたら!−」という冊子です。(10月20日北方新社刊)「まんが卍の城物語」の作者である朝陽小学校の知坂元校長先生が書き下ろしたもので、弘前城が外敵から攻められた場合、町割りや城の造りのどういうところに工夫がこめられているかということが書かれています。春の「さくらまつり」、秋の「菊と紅葉まつり」、冬の「雪灯籠まつり」など、公園としての弘前城を私たち市民はたびたび訪れますが、戦国時代の城郭としての意味や機能を再確認させてくれる本でもあります。この本を読んでからお城やその周辺の町を歩くと別な見え方がしてきます。身近にある割にはその実態を知らない弘前城や弘前の町並みについて再認識させてくれる本です。 ぜひ、親子で読んでみてください!! (学校便り11月28日号より) |
| 11年10月28日 | もうすぐ 学習発表会 11月12日(土)の学習発表会に向けて,どの学級でも一生懸命練習し ている様子が、校長室にも伝わってきます。学習発表会は、一人一人の個 性や表現力が最も発揮される行事であり、学級の連帯感が高まり、達成感 ・成就感が存分に味わえるとても大切な行事です。演目をお話ししてしま うと、当日の楽しみが減ってしまうと思うので、あえてここでは申しませ んが、どの学級でもそれぞれ工夫を凝らし、楽しい発表が出来るように頑 張っています。ぜひ、ご家族・ご親戚・ご近所お誘い合わせの上、ご来校 ください。 そして、子どもたちの成長の様子をご覧いただき、ご声援賜りますよう お願い申し上げます。今年も保育所の可愛い皆さんも出演しますので、 そちらの方も楽しみにしていてください。 (学校便り10月28日号より) |
| 11年10月14日 | 恐山のウグイ 9月29日(木)は全校遠足でした。はじめ浅虫森林公園の中にある陸奥湾展望所に登り、陸奥湾を一望しました。そこから山道を下り浅虫の水族館に行きました。水族館ではイルカのショーや、世界中の様々な魚たちが飼育されている姿を見て、子どもたちも大喜びでした。 そうした展示の中にわたしは、懐かしい魚を見つけ再会を喜びました。 それは、恐山のウグイです。ちょうど下北にいたころ、研究成果が発表され、驚いたものです。そのお話を紹介します。 ウグイという魚はもともと酸性のすっぱい水に強く、ほかの魚の住めないようなところにもいます。そういうウグイの中でも特別すごいのが恐山のウグイです。下北半島には全国的に有名な恐山がありますが、そこにある宇曾利湖(うそりこ)という湖にもウグイが住んでいます。この湖は日本でも有数の酸性の強い水で知られており、ほかの魚は全然住んでいません。 どうして恐山のウグイだけが酸に耐えられるかについて、長い間謎だったのですが、2003年に東京工業大学の広瀬茂久教授らのグループがその解明に取り組みました。 教授らは、はじめ他からつれてきたウグイでもゆっくり酸性の水に慣らしていけば住めるのではないかと試してみましたが、一日で死んでしまいました。逆にもともと宇曾利湖に住んでいたウグイを普通の水に慣らしてから、再び湖にもどしましたがぴんぴんしています。恐山のウグイは特別だったのです。その後、研究を進め、恐山のウグイだけが「体内を中性に保つための分子装置をえらに大量に備えている」ことがわかりました。そしてこの研究をさらに進めることによって、「生物が酸性から身を守る仕組みを解明できる。」と広瀬教授は話しています。宇曾利湖のPH(酸性度)は3.5です。PH7.0が中性で、食酢が2.4〜3.0ですので、ちょっと薄めた食酢ぐらいのかなり強い酸性です。そんな中でウグイたちは暮らしているのです。地球上の様々な環境でいろいろな生物が暮らしています。こんな厳しい環境でも生きていけるのかと驚かされます。そして、私たちの暮らす青森県にこんな珍しい、たくましい生き物がいることをぜひ知ってほしいと思います。 (学校便り10月4日号より) |
| 11年10月13日 | 二学期スタート ここ弘前では、今年の夏は昨年ほどの暑さではありませんでしたが、子どもたちは楽しい夏休みを過ごしてくれたようです。2学期がはじまり、暦の上でも秋になりましたが、まだまだ残暑も厳しく、さらに寒暖の差が激しいので、大人も子どもも体調を崩さないようにしたいものです。 さて、出典を忘れてしまったのですが、ある本に次のようなことが書いてありました。 ひとは体と心に栄養が必要です。 体の栄養って...。 人間らしい時間に人間らしいものを食べること 充分に体を休めること 眠ること 毎日適度に運動すること 心の栄養って...。 誰かに大切にされること あたたかい関心を持たれること いろんな思いを 「聴いて」もらえること 存在や、していることを認めて褒めてもらえるこ と (中略) そしてあるがままの自分を受け入れてもらえること 大人であるあなたも誰かから、何かから「栄養」をもらっていますか。子どもに「栄養」をあげ続けるために大人自身の「栄養」も、とても大事です。 私自身、自分を振り返ると、体にも心にも欠けている栄養があります。皆さんの 家庭ではいかがでしょうか。 (学校便り9月1日号より) |
| 11年10月11日 | 明日から夏休み 自立・安全・チャレンジ 明日から33日間という、長い、楽しい夏休みが始まります。夏休みは、集団で生活する学校生活から離れ、家庭で家族と一緒に過ごす貴重な時間であり、自律心を培う絶好の機会です。また、いろんな事にチャレンジできる時間もたくさんあります。家族で家庭でのきまり事・約束事を話し合い、規則正しい節度のある生活を心がけ、夏休みでなければできないようなこと(水泳・自由研究・観察記録・読書・工作・ものつくり等)へも積極的にチャレンジするよう励ましてあげてください。 学校がないので、つい朝寝坊をしてしまったり、夜更かししてしまったりすることのないよう規則正しい生活を心がけてください。そして、安全には万全の注意を払い、めあてに向かって果敢にチャレンジする有意義な夏休みとなるよう、ご家族の皆様のご協力をよろしくお願いいたします。子どもをのばすためには、「ほめる」「認める」「励ます」ことがとても大切だと言われています。皆さんの何気ない一言が、子どもをやる気にさせたり、また逆にやる気をなくさせたりすることも多々あります。言葉は人を変える魔法のような力を持っていますが、ともすれば、人を傷つけ悲しませる力も兼ね備えています。どうか、励みとなり、やる気が起きるような温かい声がけをお願いします。 (学校便り7月21日号より) |
| 11年10月6日 | 平成23年度学校評議員に委嘱状 地域に開かれた学校づくりを推進するため、導入されている学校評議員制度ですが、今年度も弥生小学校の学校評議員の方々が決まり、6月9日(木)に第1回目の評議員会を開催し、委嘱状を交付しました。 学校評議員の方々には、学校の教育目標や教育計画・地域との連携の進め方等、学校運営についてご意見を伺い、学校・家庭・地域がより一層連携協力しながら、共に教育活動を展開していくための手だてを示唆していただきます。 また、地域での子どもたちの様子を伺ったり、学校行事等にもご参加いただき、教育活動を多方面から評価していただき次年度の教育課程を編成する際の参考とさせていただいています。地域住民の方々 も学校に対するご意見ご要望等ありましたら、各地区の評議員の方々にお話しくださいますようお願いいたします。 (学校便り6月29日号より) |
| 11年10月5日 | 目を大切に 前回の学校だよりで、「歩くこと」の大切さについて述べました。子どもたちも保護者の皆様もその主旨を理解してくださって、子どもたちは毎日歩いて学校に通って来てくれます。また、昨年は休み時間はほとんど体育館で遊んでいましたが、今年は春から校庭でキャッチボールをしたり、鉄棒に取り組んだりしてくれています。 春の健康診断のときに学校医の田口先生からも「昨年から見て肥満傾向が改善されている」とお褒めの言葉もいただくことができました。そういうわけで「弥生の子どもたちの体は健康に育まれているな。」と喜んでいたのですが、今年の健康診断の結果、新たな問題が浮かび上がってきました。それは、「目の悪さ」です。美しい自然に囲まれた、この弥生の子の多くが低視力なのです。視力を低下させる原因についてはいろいろいわれていますが、学校でも「よかれ」と思うことにはすぐ取り組みたいと思いますので、家庭でもご協力いただければと思います。 <学校ですぐに取りかかろうと思うこと> @ 採光を考えた教室等の環境の点検と整備 A「明るいところで本を読む」習慣を身に付けさせる B よい姿勢で本を読む習慣を身に付けさせる 同じことについては、家庭でもぜひご協力いただきたいと思います。さらに、 C 暗い部屋でテレビやDVDを見たり、ゲームを長い時間していないか? などにも注意していただければと思います。 学校と家庭、手を取り合って「よい子」を育てていこうではありませんか。 (学校便り5月31日号より) |
| 11年5月19日 | 歩くということ 昨年度の学校だよりに「雨・風が人を育てる」と題して、歩いて学校へ来ることの大切さについて書きました。それ以来、学校ヘ歩いてくる子どもたちがふえました。その他にも全校遠足を徒歩で行ったり、PTA親子レクもミニ登山だったりと歩く機会を作るようにして参りました。そのことも含めて、全校児童の短距離走のタイムが向上したり、肥満傾向が改善したりとうれしい成果も目に見えるようになってきました。しかし子どもたちの体力面を見るとまだ、持久力が足りません。教科体育を充実させていくことはもちろんですが、持久力を向上させる一助として、今年度も歩く機会を増やし、外遊びを奨励していきたいと思います。 歩くことの良さについては、今年度は4つの良さがあるということを伝えながら、お子さんを励まして参りたいと思います。なにとぞご家庭のご協力をお願いします。 @体力がつきます A交通ルールや危険予知能力がつきます B知恵や思いやりが育ちます C心が強くなります かわいい我が子なればこそ、歩いて登校させてほしいと思います。 (学校便り5月2日号より) |
| 11年1月24日 | 冬休みの思い出 子どもの頃、夏休みや冬休みが大好きでした。私の父は茨城出身で、そこでの冬休みの思い出としては、従兄弟たちと田んぼでした凧揚げです。刈り入れの終わった、まだ刈り株の残っている乾いた田の上を走って凧を揚げました。その頃、田の畦にそって何カ所かにいわゆるドツボがありました。凧揚げに夢中になるあまり、後ろを振り返りながら走ったもので、ドツボにはまってしまったのです。関東の空っ風に震えながら、体中糞まみれになって帰り、頭の上からホースで水をかけられ震え上がったことを思い出します。 近年「三丁目の夕日」という映画が上映されましたが、子どもの頃の東京の様子は本当にあの映画そのもので、都内でも路地は未舗装で雨の日はぬかるみましたし、かちどき橋は大きな船が通るたびに開閉していました。昭和から平成にかけて本当に世の中は大きく変わったなあと感じます。変わらないことは、今も昔も子どもは休みが大好きということです。ふだんあまり会えないいとこ達との交流なども含めて思い出に残る楽しい冬休みであってほしいと思います。 (学校便り12月20日号より) |
校長の竹内史宗です。数年前から本校のホームページは開設されておりましたが、更新の回数が少なかったことなどもあり、「地域に開かれた学校」という時代の要請に十分応えられていないのではないかと思い、今回リニューアルオープンしました。
このホームページを利用して本校のさまざまな教育活動と元気な子ども達の活動の様子をお伝えしたいと思います。